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福岡高等裁判所 昭和37年(ネ)288号 判決

控訴人 森川実 外一名

被控訴人 三井鉱山株式会社 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人池田文雄同三井鉱山株式会社と控訴人等との間において、債権者被控訴人池田文雄、債務者控訴人森川実、第三債務者被控訴人三井鉱山株式会社間の福岡地方裁判所飯塚支部昭和三六年(ル)第一三二号同年(ヲ)第一五二号事件の債権差押および転付命令は無効であることを確認する。被控訴人崎田義雄同三井鉱山株式会社と控訴人等との間において債権者被控訴人崎田義雄、債務者控訴人森川実、第三債務者三井鉱山株式会社間の同庁同年(レ)第一三三号同年(ヲ)第一五三号事件の債権差押及び転付命令は無効であることを確認する。被控訴人池田文雄同三井鉱山株式会社は控訴人森川なみに対し各自金一〇九、五二六円を支払え。被控訴人崎田義雄同三井鉱山株式会社は控訴人森川なみに対し、各自金四一、〇〇〇円を支払え。訴訟費用は、第一、二審共被控訴人等の負担とする。」という判決ならびに金員の支払を求める部分につき、仮執行の宣言を求め、被控訴人池田文雄の訴訟代理人は、控訴棄却の判決を被控訴人崎田義雄は、控訴棄却ならびに控訴費用は、控訴人等の負担とする。という判決を求めた。

控訴人等と被控訴人池田、同崎田間における当事者双方の事実上の陳述、及び証拠の提出、援用、認否は、原判決の当該事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

被控訴会社は適式の呼出を受け乍ら原審並に当審における各口頭弁論期日に出頭せず、かつ、答弁書その他の準備書面をも提出しないが、控訴代理人が被控訴会社との間における第一審口頭弁論の結果として陳述したところは、原判決の当該事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

先ず、控訴人等の本件差押及び転付命令の無効確認請求の適否につき検討すると、当裁判所も亦原判決と同一の理由によつて右差押及び転付命令自体の無効確認を求める控訴人等の本訴請求は、いずれも確認の利益を欠き不適法と考えるので、この点に関する原判決記載の理由をすべてここに引用する。

そうとすれば控訴人等の被控訴人等に対する本件差押及び転付命令の無効確認請求は、いずれも確認の利益を欠き、不適法として却下すべきものである。

次に控訴人なみの被控訴人等に対する金員支払請求の当否について判断を加える。

被控訴人池田及び同崎田がそれぞれ、福島地方裁判所飯塚支部昭和三五年(フ)第七号破産事件の債権表の執行力ある正本に基き同支部に対し、控訴人等主張の如く控訴人実の被控訴会社に対する退職金債権につき債権差押及び転付命令の申立をし、同支部が右の各申立につき昭和三六年四月一七日控訴人等の主張する各債権差押および転付命令の決定をなしたことはそれぞれ各関係当事者間に争がない。ところで、被控訴人崎田において明かに成立を争わず、控訴人なみと被控訴人池田間においては、郵便官署作成部分の成立に争がなく、その余の部分は原審における控訴人両名各本人尋問の結果により真正に成立したものと認められるので全部成立を認め得る甲第六号証の記載と原審における控訴人両名本人の尋問の結果によると、控訴人実は、被控訴人池田、同崎田の申立に係る本件の各差押及び転付命令の決定がなされる前である昭和三五年一二月一二日控訴人なみに対し、控訴人実が被控訴会社から支給される賃金、諸給与金、賞与金ならびに退職金債権を譲渡すると共に同日附内容証明郵便を以てその旨被控訴会社に通知し、右郵便がその頃、同会社に到達したことを肯認することができる。

被控訴会社は、控訴人なみの被控訴会社に対する本訴請求原因事実を明かに争わないので、これを自白したものとみなすべきである。しかるに、被控訴人池田、同崎田は本件において、差押転付の目的となつている控訴人実の被控訴会社に対する右退職金債権の譲渡は、労働基準法第二四条に規定する本人直接払の原則に違反し、違法、無効のものである。旨抗弁する。当裁判所は、原判決と同一の理由により本件の退職金は、労働の対償として使用者が労働者に支払うべきものすなわち賃金と同視すべきものと考えるが、(この点に関する原判決記載の理由をここに引用する)同条は一般に賃金が労働者の生活の資である事実にかんがみ、これを確実に労働者に受領せしめ以てその生活を保護する為、使用者に対し罰則附でいわゆる本人直接払の義務を法定したものと解すべきであるから、右の立法趣旨に照せば、労働者本人が、その賃金債権を他に処分することは少くとも、同条の直接規制するところではない。と解するのを相当とし、このことは、同法第八三条二項労働者災害補償保険法第二一条二項、などの如く、労働者保護の必要性がとくに強い債権については、明文を以てその譲渡や差押を禁止していることや、民事訴訟法が賃金債権の差押につき制限附ではあるが、これを許容していることからも理解することができる。従つて、労働協約、就業規則等においてとくに他に譲渡することを禁止されない限り労働者はその賃金債権を他に譲渡することができるものと解するのが相当である。

しかるに、控訴人実が同年八月一二日福岡地方裁判所飯塚支部に対して自己破産の申立をなし、その後同控訴人主張の日に破産宣告がなされ次いで、職権に因る破産廃止の決定がなされたことは、被控訴会社を除くその余の当事者間に争がなく、被控訴会社も亦、これを明かに争わない。そして、控訴人等及び被控訴人池田間において成立に争がなく、従つて他の当事者との間にも成立を是認すべき甲第二、第三、第五号証及び第九号証、乙第二及び第四号証、前示甲第六号証、弁論の全趣旨により成立を認むべき乙第五号証の各記載に、原審における証人富安昭一の証言並に控訴人両名、及び被控訴人池田各本人尋問の結果を綜合すると、控訴人実の月収は平均約二万円に過ぎなかつたのに、訴外小田スミヱの債務の為保証人となり被控訴人池田同崎田を主な債権者として合計約金一三九万円に上る保証債務を負担したので、前記のように自己破産の申立をなし破産の宣告を受けたが、一方被控訴会社の企業整備による退職者の募集に応じ、事実上その退職が承認せられ、かつ新に発足する同社漆生鉱業所への新規雇傭も内定していたという段階で、破産宣告は宣告後に破産者が新たに取得すべき財産に対しては、その効力を及ぼさず破産者の自由処分を許す、との法解釈に着目して妻たる控訴人なみと協議した結果、子女四名を抱えた家計をも考慮して債権者の差押を免れる為、前記認定の如く右の退職につき支給を受ける退職金はもとより、被控訴会社から、破産宣告後に支給を受ける賃金、諸給与金及び賞与金等一切の債権を挙げて控訴人なみに譲渡し、その旨被控訴会社に通知したこと、控訴人実の退職金は結局計金四五九、九五七円と決定せられたのであるが、控訴人実自身は、控訴人なみにこれを譲渡した頃は少くとも約六〇万円と見込んでおり、退職と同時に予定通り前記漆生鉱業所に雇傭せられたのであるが、前記保証債務については、給料の差押、転付命令による若干のそれは兎も角として自ら弁済した分は全然ないこと、被控訴会社においては、正当な債権者を確知し得ず、として控訴人実に支給する退職金中より金一一四、九八九円を供託していることをそれぞれ肯認することができる。

果してしかりとすれば、控訴人実は、債権者の追及を予知して自己破産の申立をなし、破産の宣告を受けるや、破産宣告が破産者の新得財産につきその効力を及ぼさないという法解釈に着目してさらに破産宣告後取得すべき収入につき債権者の執行を免れる為、後に本件差押及転付命令の目的となつた退職金はもとより当時の勤務先であつた被控訴会社より受領すべき賃金等の諸給与債権一切を挙げて家計を一にする同居の妻に譲渡した(無償と認める)ものというべきであるから、右譲渡が一面子女四名を抱えた家計を考慮した結果であるとしても、給料生活者の賃金債権については、その生活を保護する為、執行法上一定限度以上の差押を禁止していることや控訴人実は退職とはいつても、事実上は配置転換に等しい新規雇傭が内定していたことなどを考慮すれば、控訴人等間の右債権譲渡は首肯するに足る理由がなく、その意図するところ、ひつきようするに、債権者の執行を免れんとするに在るものと認めざるをえず右に認定した事情の下では著るしく信義にもとり公の秩序に反する行為であつて民法第九〇条に照してとうていその効力を認むるに由なきものというに妨げない。

してみると、右債権譲渡が有効であることを前提として被控訴人池田、同崎田の本件各差押及び転付命令が実質上無効であることを主張し、被控訴人等に対し、転付金の支払を求める控訴人なみの本訴請求は理由がなく、失当として排斥を免れないといわなければならない。

よつて、控訴人等の被控訴人等に対する本訴確認請求を不適法として却下し、控訴人なみの被控訴人等に対する本訴金員支払請求を理由なしとして棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないので、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文第九五条本文に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 相島一之 高次三吉 木本楢雄)

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